n63girl's diary

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ごく個人的なこと

音楽の聴き方、演奏の作り方

私には音楽の聴こえ方が変わった時点というのが存在します。

それは多分、プロの音楽づくりを間近に体験してからのことだと思われます。

 

 

楽器を始めたのは高校生、楽器に没頭したのは大学からだけど、それらの時点ではまだ弾くことしか頭になかった。

譜面を追い、音価通りに、強弱記号を見ながらただ音を並べることで精一杯だったし、それ以上どうしようなんて考えていなかった。気にしていたのは楽器の性質上難しいレガートな奏法とか、いかに大きな音を出すかとか、ミスなく速弾きをこなすこととか、他の人と合わせるとか、指揮をよく見るとか、そんなことばっかりだった。

 

でもどうやら違った。

そんなのは序の口にすぎなかったし、努力の方向性を誤っていたようだった。

 

まず楽譜を見たとき、頭の中で音を鳴らしてイメージする。どんな音楽か考える。それから楽器を手にとって鳴らす音をそのイメージに近づけてゆく。ある時、練習とはそういう作業なのだと知った。

 

 

 

例えば......

f (フォルテ) は強くという意味で、クレッシェンドはだんだん大きく。p (ピアノ) は弱く、デクレッシェンドはだんだん小さく。これは辞書通りの意味だ。

 

けれど譜面と対峙した時、強弱記号ひとつとってもその意味はもっと豊かに捉えることができる。

 

ここのfは元気な明るいf、和音も単純で、リズミカルで楽しげなところだからはっきりとスタッカートぎみに弾いてみようか。実際の音量に拘るより少し前のめりなリズムの取り方をして元気に感じさせよう。今にも駆け出したいようなリズムにしたい。

こっちのfはもっと深刻さのあるfで、不安定な響きの和音を使った悲劇的なシーンだ。リズムより和声的な表現を優先したいから各パート自分の弾いてる音と周りの音をよく聴き合って、バランスをとる。バランスといってもきれいに響くようにするんではなくて、思いっきり濁らせ、ぶつけて、不安定さを前面に出す。そうすれば次の小節で解決されて安定した響きがより際立つ。不安定から安定に解決するのに伴い強弱も自然に強から弱へと変わる。体重移動するように、ごく自然に。音色をやさしく変えてゆくのも良し、不安定さを強調するように前の音は少しだけ長くとるのもよし。

 

リズムひとつとっても、引きずるようなリズム、前のめりなリズム、踊りだしたくなるような一定した軽快なリズム……それらを実現するために、強拍を強め長めにとったりあるいはタイミングを少し早めにとったり、遅くとったり、メトロノームのように無機質ぴったりにとったり。

 

その上で曲の全体像考えてやる必要がある。起承転結をつくるように曲全体の流れをつくる。前後のつながりや断絶、メリハリ、緊張感……それらを監督してくれたのが当時師事した先生だった。

 

 

 

これ以降わたしの音楽の聴き方は少しずつ変わっていった。
リズムや和声、曲の構成、音色や音量や音の長さの変化、演奏者がそれらを使ってどう表現したいのかなんてことを考えながら聴くようになった。まだまだ不完全だけれど聴いてわかることがとてもとても増えたのだった。

同時に表現することの面白さも知った。やりたいことに対して技術が追いつかないのが悔しくて、それが練習のモチベーションにもなった。

 

 

 

ここからは余談だけれど、実はこれによって良いことだけでなくて弊害というのか、イライラすることも出てきた。

調和してほしいところで濁ってる、リズムがめちゃくちゃ、拍子が感じられない、流れやゆれが全くない音楽なんかに不満を感じるようになった。(流れやゆれがないってのはそういうものだと捉えることもできるが)

ものによるけれど、聴いてしまうと違和感を覚える。もっとこう……違うよう……ああああああちがう………ってなる(笑)

 

 

けれど分析的に聴くことってやっぱり楽しいので、今後とも聴く力をつけていきたいです。具体的には音程と和声の感覚がほしいです。

あとは聴くだけでなく、自分で表現を考えて設計し演奏に反映させることもやりたくなっています。音楽がしたい!

 

 

 

※18年7月の過去記事を元に作製