何者でもないけど
結婚した当時、結婚しようということもその相手も何でかあっさり決めた。迷ってしまったら納得できるまで長い道のりになりそうということが容易に想像できるから、すんなりと決まったことをありがたく思う。
とはいえあの時を思えば、まあまあ焦ってもいた。子どもが欲しかったから年齢が気になってた。今どき40代で初産も珍しくないけれど、そのリスクや後のことを考えたら早いほうがいいし、ベストなタイミングはもう過ぎてしまってると思ってた。考えを同じくする人ばかりじゃないから子供についての考えが近い人でよかった。
キャリアのことは甘く見てる。昇給も少しはしてくれないと困るけど、最初から仕事の優先順位なんて高くない。何か行き詰まったら働き方の方を変えて、結果的にやりたい仕事とは離れてしまっても生活のほうが大事かなと思う。これは旦那も大きくは違わないと思う。
激務で平日の夜に帰って来れない夫と暮らすイメージはぜんぜんできなかった。そこそこの収入で質素でも家族の時間が持てて、一緒に子どもの成長を楽しみたかった。
かつてはあまり意識してたわけではないけれど、なんとなく思っていた生活にひとつずつ近づいている。普通の人になりたいと思っていた。普通に人と関わって、普通の会社員して、普通の生活して、余計な摩擦は生まずにいたい。
親に影響されてしまったな、と思う。
研究者になっていたら全然違う人生もあったろうに。跡形なく燃え尽きてしまった。
先日、研究室の人たちと同窓会をした。
そしたら話がおもしろくて居心地がよくて、素のままでいられる感じがした。帰ってきたなあって思う。同時に、そんなことでどうやって生きていくんだろ、と失礼ながらに何度か思ってしまった。
研究室は本当に楽しかった。自分と同じような人たちがいる世界だって思った。
研究はできなかったから辞めたけど、そっちにいってても面白かったろうなと思う。
結局は親と同じような生き方を選びつつある。
それは結構合理的で、親が得意だったことだから自分もそれなりにできているのかなという感じがする。親は親に向いてた。自分も親の姿を見て育ったし、遺伝的な特性もあるだろうし、何にせよ似たものは持ってる。生きやすい方向に流れていったということなんだろうと思う。
普通をやることも簡単じゃないのだけどね。
孫を見る親の表情は忘れられない。
流されるのも悪くはないなと、こちらの道に流れた結果見える景色がこれならよかったではないかってその時思った。
日記を書きたい
元はといえば、10代後半から5,6年くらいだろうか、時々日記を書いていた。毎日は続かないので最低月一くらい、心が忙しいときは毎日書くときもあった。
ノートに日付を書いて、あとはフリーハンドで文章を書くなり、絵を描くなりした。手書きというのは良くて、文字の大きさを変えたり、筆圧が変わったり、その時の気持ちが字に表れる。
書くことで色んな御し難い感情に整理をつけることができたように思う。受験をしたり、進路に迷ったり、恋をしていたり、今見返すと眩しいような青春時代がそこに記録されている。
良い時ばかりではなかった。むしろ苦しい時の方が多かったと思う。日記を開くのはたいていそういう時だし、報われづらい片思いが長かった。それから、ずっと好きで続けてきたはずの道に興味が持てなくなった。こちらは長いこと目を背けていたけれど、後になって大火傷することになってしまった。
きっかけは何だったかもうわからないけれど、就職してからか、もっとその前か、日記に頼る頻度が減った。人と暮らすようになったら1人の時間もあまりなくて、いよいよ書かなくなってしまった。
精神的になんだかくたびれたのか、大人になったというのか。必要も無くなったんだと思う。
必要は無くなったのだが、今度はどちらかといえば記録を残すために日記を書きたくなった。人生が進んで日々色んなことがあるのになんだかボサっと過ごしていて甲斐がない。
書き記せばいくらかは思考の糧になることもあるのではということで、あれこれ書きたい気持ちになっている。
また10年くらいして振り返って見たらおもしろそうだしね。
性格に興味を持った話
今この瞬間、おそらく1-2週間限定で、性格診断の話に興味があります。特に16の種類に分けてくれるやつ。
Wikipedia先生いわく正式にはMBTI(Myers–Briggs Type Indicator、マイヤーズ・ブリッグスタイプ指標)というらしいです。カール・ユングの理論に基づいて作られたそう。そう言われてもよくわからないけれども。
「内省的な自己申告アンケートであり、人がその人自身の世界をどう認識し、物事の決定をしていくのかという点について心理的な選好を表すことを目的としている」
へぇ。
しかしこれ、心理学系の講義をとった乏しい経験を掘り返しても授業中に言ってた覚えがないんですよね。パーソナリティの理論というと歴史的には様々あって、現在支持されているのはビッグファイブというやつだった、ような…うろ覚えすぎる。うろ覚えすぎるのでほんとはMBTIのことも言ってたかも分からない(笑)
それにしてもどうせ学問的な裏付けは乏しいんだろうなと思ってた。しかし同時に、無意味な占いだといって切り捨てるには惜しい量の情報が含まれているようにも思われた。
元はといえばある人が周囲の人間のMBTIの結果を集めていて、私も自身の結果を供出したことがきっかけだった。
最初は非科学的っぽいことを疑わずに信じちゃう側の人なのかと警戒していたのだけど、どうやらそうではないらしい。話を聞いていると、人の性質に関するデータを取りたがっているようだった。それで選ばれたのがMBTIでよかったのか…は置いておいて。
この診断結果から何が言えるのか、何も言えないのか、WebでできるやつのどれくらいがMBTIといえるものなのか、それはこれから判断していくとする。
しかしこうやって人の違いを性格に落とそうとする行為は面白いかもしれないと思った。
普段、他人との考え方の違いを感じると、それは信念の違いだとか能力の違いに由来するのだと考えていた。信念というのはその人が選びとってきた価値観で、自分で選べる範囲のものを想定している。能力は見聞きした情報を処理したり統合する力のようなことで、得意不得意がある。
こうやって書くとちゃんと考えたことも学んだこともなくて解像度の低い推察しかできていないことがわかります(笑)
パーソナリティとはどういうものだろう。人と人との違い、遊びに誘われるだけの人と自分から誘う人の違いや、好きな色の違い、ちゃんとする人とだらしない人、感情的になる人とそうでない人
これらのどれくらいをパーソナリティで説明できるんだろう。
知らないので知ろうと思います。
こうやって知識欲を満たす人と、そうでない人の違いも気になることだし。
メンタルヘルスの話題が話しづらい話
エヴァンゲリオンが思いのほか内面的なことを描いていたり、下記の記事を読んだり、自分のコンディションもあんまり良くなかったりして、ちょっとメンタルヘルス寄りのことを考えていました。
考えてはいたんだけれど、メンタルの話題って表に出すのが憚られます。
どうしてでしょう。恥ずかしいから?甘えるなって言われるから?心配かけるから、スマートじゃないから...いろいろあるか。
風邪引いたんなら気安く話せるのに、不安だとか眠れないとか憂うつな気分だとかって、どうしてこうも話しづらく感じるのだろう。
あとこんなのも読んだ。
next49.hatenadiary.jp研究室で鬱 (あえてうつとは書かない) になってやめていく人たちがいる。そういう不幸を減らすために教員ができることはどんなことかといった内容です。
内容もですがコメント欄が興味深かった。現在進行形で問題を抱えている学生の、ほとんど相談のような内容がたくさん連なっている。
こうやって一人称で自分の体験、感じていることを聞く機会ってあまりないことです。これを読んでる他人からしたら本人が悪い方に考えすぎているとか自責的だとかわかるのですが、たぶん本人にはわからない。書いている人にとっては自分は無価値で何の希望も持てないんですよね。それがその人にとってのリアルなんでしょう。なまなましいです。
こういうふうに感じている人がわたしの周囲にも少なからずいたはずです。だけど表面上はそうではない、みんな元気にやってるように見えてしまう。私自身もそうだった。
ネガティブな内面を見せないように繕う結果、ひとりで抱え込んでしまう悪循環があるんじゃないか。
とくに男性の場合、社会的要因で弱みを見せづらい傾向にあるのではないかという話も読んだことがあります。先のNBA選手の手記みたいに。
男の子は、男の子らしい振る舞い、というものを成長過程で早くから覚え、“男らしく”ある為に何が必要なのかを学ぶ。僕がそうだった。それは戦術書のようなもので、強くあれ、感情を口にするな、自分で乗り越えろ、と。
だからどうしたらいいかなんて、解決策があるわけではないです。
ひとつ挙げるなら匿名で相談できるところはあるよ、ということかな。LINEやWebチャットを使ったサービスとか。匿名でならオープンにできるというんならアリかなと思う。もちろん可能なら各種相談先や必要なら医療につながるのが好ましいですが。
そうは言っても精神症状への抵抗感、もしかしたら偏見といっていいかもしれないこれは無いほうがいいもののように思えるのです。
そして身体疾患と同じくらいには精神疾患のことも知っていたい。知っていてほしいように思う。そしたら周囲の人の変化の原因に気付けるかもしれないから。
そういえば2022年度から高校の指導要領に精神疾患が加わるようですね。やったね。
あと最後に注意すべきこととして、こうして精神症状について偏見を持っているのは他でもない私自身だということです。話しづらいと感じてるのは自分。周囲の目を気にしているのは自分というわけです。
これは自分自身の持つ偏見との闘いでもある。
他にも考えたいことはあるのだけど、今日のところはここまで。
Twitterをしているところを観察してみる
ついついツイッターをしてしまう。
ブラウザを開こうとしたのにまたツイッターアプリをタップしてしまった。
ツイッターの合間に仕事をしている。
こんなこともあるかと思います。
しかしツイッターをしている間何をしているんだろう。ツイッターをしていない人からしたら理解不能でしょう。
それで、今日はツイッターをしている自分の観察を試みます。
※普段よりやや憂鬱なので毒吐くかもしれない。
※一部内容は改変してお送りします(かえって不適切かもしれない)。
※匿名化には注意していますが、なにかあれば何らかのアクションをください。
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〜メインのTL〜
「マスクの予防効果を信じていませんので外ではマスクをしていません。」
わかるー。おなじく。マスクが花粉症には効果的と思うけれど。マスクをしないことが周りの人を不安にさせるという意見もあるけど、いまのところ非合理的と判断しているので気にしないことにする。
「赤ずきんちゃんを丸飲みにして腹の中で飼ってる犬」
犬botすき
「男性のジェンダーロールを捨てて「助けて」(以下略)」
ジェンダーの話題かーいまはいいやめんどくさそう
「とりあえず犬の写真貼っておこう」
ありがとう
「髪乾かしてくれる人雇いてえー」
わかりみーー。
同感。だがわざわざそれを言いたいということに引っかかりを感じないではない
「(イグチの堀先生動画をみる)」
この練習は某Y氏に教わったことがある。もっとも、彼は16分分ずらしたメトロノームでとかいうより変態なことしててめっちゃ面白かった。
「お客様がCDなど物販を(以下略)」
しらん
「「音声による情報収集が困難ではない人は」って優しい注意だ(音声による情報収集にしばしば困難を覚える人)」
たしかに。こういう音情報がいいか文字がいいか映像がいいかというのって測って自分で知っておいても良さそう。人によってどれくらい違うだろうか
「地方出身でお金が無い方、是非三鷹寮に」
あそこはなんだかんだ良かった。いまでも吉祥寺に親近感を感じる。
「(なんらかのお菓子)」
かわ
「グラブル6周年おめでとうございます」
しゅうまい
「(お菓子)」
かわ。そして上手い。
「ご視聴ありがとうございました」
fullmoon liveやってたんならみたかった
〜違うTLその1〜
「人生まだ何とかなると信じたい」
まだ大変なのかなぁ。こういうまじめさが好き
「暑くてつら」
なにがあった
「明日は母の命日です」
3.11だものね。。。命日は何かとあれよね
「自炊のレパートリーふやそ」
このひとの料理いいんだよね
「希死念慮といっても原因は様々。」
そうそう、そう考えてしまうことも症状のひとつと思って"自分"と切り離すのがおすすめ。
「修了できます」
うわ、同研究科の同学年だったのか
〜違うTLその2〜
「確定申告を税理士にお願いした」
ほほー
「某駅の明朝体」
わろた。物語シリーズっぽいめっちゃわかる
「コンパイルしてからが正念場」
そうなのか。結局コンパイルの要る言語やってないなぁ。あのあとMatlabをはじめてしまった
「怒るって面倒だし相手の信頼も損ねるからデメリットしかないと思っている」
とてもわかるしこれは周囲もそう思っていてほしいなぁ。説教とかも自分が気持ちよくなりたいだけじゃん。殺意。
「(タイポ報告)」
かわ
「自然言語処理をする人にお勧めしたい文ベクトルモデル」
あとでざっとみる
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直接の知り合いとかはなんか書けなかったから書いてないです。
雑多な情報が流れてくるのを眺めながら、ツッコミを入れたり同意したり有益だったり何か思い出したり...
好きなものも多いけど同じくらいに嫌いなものもある。それをジャッジしているという感じ。
そして、観察を試みたはいいものの、やはりブログという場でも表に出すものをある程度選別しているようです。本当はもっと人に言えないことも考えている。特にTwitterのTLは見ている分には個人的な場所ですからね。
あとリアルのつながりもあるアカウントであるという特性上、やはり当たり障りのない内容になってしまうのも感じます。私はTwitterのことをいまだに独り言を言う場所だと思っていてあまり気にしないことにしているつもりですけれど。
もう10年もこんなことしてたんですね。
Twitterをしていない世界線があるとしたらどんなふうに言葉を綴るようになっていたか、少し興味があります。
なんの益もない思考のたれ流しのようなものでした。
こういうのは形を変えテーマを変えてもうちょっと書いてみたいと思う。
3月のパフェ(いちご/レモンバジル)
ビヤンネートルさんのパフェが大変美味しかったので書きます。
【ビヤンネートル@代々木上原】
ケーキ屋さんです。ケーキは丁寧に作られていてバランスがよく、誰にでも勧められるキャラクターといえます。白い長方形のチーズのやつが美味しかったです。
イートインを予約するとパフェも食べられます。今日はそちらをいただいてきました!
いちごとレモンバジルのパフェ(2020年3月)

上のほうから
1. 生とちおとめ
2. ホワイトチョコレート
3. ホイップクリーム
4. その上にフリーズドライフランボワーズとピスタチオ
6. 焼きメレンゲ
7. バジルリーフ
8. レモンココバジルのソルベ
9. ベルガモットとバジルのクリーム(黄色いやつ)
10. シュトロイゼル(キャラメル色の細かいやつ)
11. はちみつレモンブランマンジェ(レモンソルベの下で見えない)
12. グロゼイユ(赤すぐり。赤い実で酸っぱい)
13. カットとちおとめ
15. ベリーのコンポート
たくさんの部品からなってるんですね!
補足すると、メインは2つのジェラートで、今月はいちごのとレモンのでした。
さてこれらのキャストたちがどんなドラマを繰り広げてくれるんでしょうか。……いざ、いただきます!
○序盤 (深界1層〜5層)
いちばん好きなものは先に食べるタイプ!ということでとちおとめいきます!美味しい苺ですね。苺ってこんな味だった。良くも悪くも香り、甘酸っぱさがありのままの苺を感じます。提示部としては王道パターンですね。苺そのままを味わうことでスタンダードがとれた感覚です。
さて、それではいよいよ上のいちごのジェラートからいただきます。生クリームも乗ってますがまずはそのまま。優しくてミルキーな甘さ、いちごもしっかり感じるしおいしい!ハイクオリティなのが口の中端々から伝わってきます。これ単体でもだいぶ美味しい。やさしさそのものという味がする。ずっとここで甘やかされたい。
そういうわけにもいかないので、続いて一緒にどうぞと言わんばかりの生クリーム先生に登場してもらいましょう。一緒に食べるとですね…コクが出る…以上に、サクサクする酸味!生クリームの上のフリーズドライの何かが食感と味にアクセントを加えます。なんて魅力的な取り合わせ!ジェラートの優しさにメリハリを与えてくれます。甘味には酸味、なめらかさにサクサクの食感を、お菓子は対比でできています。
○中盤 (深界6層〜10層)
導入部が終わると様々な展開が待ち受けていました。
まずメレンゲを楽しみましょう。控えめにココナッツ香るごく軽いメレンゲをジェラートと共にいただきます。さっきの鮮やかな対比とはまた違った包容力です。それに食感も面白いです。焼いたメレンゲの絶妙なほろほろサクサクはクリー厶とよく合いますね。
いちごミルクジェラートが減ってくるとレモンソルベが現れてきました。待ってましたレモンソルベ。いちごミルクジェラートがブリュンヒルデならきみはジークフリートだ。
レモンとバジルの組み合わせ、想像つくだろうか。いや、つくまい。(爽やかさ)**2 みたいなこのソルベ、めちゃくちゃ合います。そしてレモンの酸味。このソルベの酸味が作品全体で最も強い味です。
……そのためのいちごミルクだったのか。このレモンの強めの酸味と対等に渡りあうための優しいミルク感。納得の美味しさ。そして2つのアイスを一緒に食べたときの調和感、後に残るバジルの風味。
はあ〜〜〜〜〜さいこうか。
ここでも食感の変化が訪れます。そう、シュトロイゼル。シュトロイゼルとは粉、バター、砂糖、シナモンなどを混ぜて焼いたぽろぽろで粒状のトッピングのことだそうです。知らなかったー。
こいつがなんと罪深いことに2つのジェラートの間に!間ですよ間!配置されています。2人の出会いを見届けるシュトロイゼルとは何者だろうか。
食します。想像以上のさくさく、いやザクザク感です。何かシナモンも香るし甘みもあり、アクセント感が強いです。そしてこれがジェラートというなめらかな世界に食感の面白さを添えます。
○終盤 (深界11層〜15層)
あああ…もうジェラートたちはさよならを告げようとしています。この天国のような時間が終わってしまう。さみしい。
…と思いきやレモンソルベの下にもうひとかたおりました。はちみつレモンブランマンジェ。ぷるぷるです。周囲にはワインゼリーも満ちていて世界はぷるぷるになっています。中でもブランマンジェが白く濃厚に存在している。
ブランマンジェのぷるぷるはゼラチン由来のようです。もちもちと評してもよいくらいに食べごたえのある弾力感です。しかし柔らかい。さっきのレモンソルベの件からすると味は控えめに、終息に向かおうとしているようです。クリーミー感とぷるぷるで美味しいです。
最後に美しいハーモニーを奏でてくれたのがロゼワインゼリーとベリーのコンポート、それからレモンソルベの残滓です。ロゼワインにベリー系の甘いやつと柑橘の酸味を加えたら何になるか?サングリアのような何かが醸し出されます。これが美味しいのです。ロゼワインをぷるぷるにしてしかもサングリア的な香り、甘み。想像するだけでいくらでもいけそうな美味しさです。
これらのぷるぷるたちはそれ単体では実体がないので、カットされた生いちごとともにいただきます。冒頭の生いちごのテーマが変化して再現されます。再現部はサングリアに彩られ華やかなまま終わりを迎えます。
○総評
見た目にも味も可愛らしく苺らしいキャラクターのパフェでした。しかし可愛らしいといっても子どもっぽいわけではない、18歳くらいの少女の、大人の複雑さも少しはわかりはじめた愛らしさです。
いちごとレモンを酸味という共通項でまとめ上げている。儚げな作品でした。
○そのほか
価格ですが、ドリンクセットで2千円でおつりがくるくらいです。コスパよすぎでは。
お店のページはこちら
http://www.bien-etre-patisserie.com
美味しすぎるし予約がとれないので、正直なところあまり人に教えたくないです。
けど、どうしてもこの愛くるしい乙女に出会いたくなったら公式Facebookから予約ができます。
練習コストを抑えたい話
大学を卒業する頃からでしょうか。
学生の生活なら楽器の練習にいくらでも時間を使っていたのが、今後はそうもいかなくなる。時間が限られる分効率よく練習しなきゃと思った。
マンドリンを続けていくためには、練習のコストは抑えられたほうがよい。ラクして最低限合奏できる程度になるには…そうだ、初見だ。楽譜さえ読めれば音楽がわかる。音楽がわかれば弾けるし、合奏にのれる!
そう思って初見や初見に近い状態でも曲を理解して弾くことを意識し始めました。
まずは視線です。
当時は左手をよく見つめていました。左手見ないと弾けない。左手を見ると楽譜が見れないから、楽譜は覚える方向性だった。悪循環です。
左手は見なくて済むに越したことないでしょう。指先でフレットを感じるので案外ポジション移動もできるものです。楽譜を見ながら弾くことで視界に指揮も入れられていい感じです。今後とも精進したいところですね。
そして当たり前ですが基本的な技術力。よくあるパッセージやらスケールやらは弾けるようになっとくと単純につよいです。その定形句を塊で読んで弾けてしまえるので、一見16分音符の集団でも大したことなくなりますね。基礎練は大事。弾けるを増やしておくのは役に立つ。
あとはやはりソルフェージュ能力というんでしょうか、楽譜を読む力ですね。
これは正直何から手をつけていいかわかりませんでした。わからないけど他にもやりたい理由があって、視唱の練習はしてみたことがあります。役に立ってるかは疑問ですが(笑)
あとは数をこなすことでしょうか。弾くのは難しくない曲をまず譜面だけを使って眺めて、テンポやリズムやなんとなく雰囲気を把握します。音程は残念ながらわからないので大抵スルーします。考えてはみるけどねーむつかしいねー。楽譜の段階で和声までつかめたらそれはとてもすごくいいと思うのだけど、そんなことできるんだろうか……
で、音の響きがわからないので最後はやっぱ音源を使って理解します。音源は偉大。
あくまで楽譜を読むことを目的にしているので演奏のことは棚上げです。音源の演奏が染み付いてしまってもつまらないしね。
と、まあいろいろやってはきました。
しかし最終的に、いちばん時間をかけずに合奏になんとか参加できるようにするには音源とパート譜 (ものによっては総譜) かなーと思います。
ここ数年は練習場所まで2時間くらいかかる生活でした。2時間あると音源を聴きながらパート譜を眺めて何をしてるか把握するくらいはできちゃいます。
もっと慌ただしいときは全部把握するのすら諦めます。テンポと音の並びをざーっと見て、弾くのが大変そうなところだけ丁寧に読む。おわり!むり!ひけない!!
これもはや準備できてないですね(笑)
そしていちばん大事なのは練習には行くことでしょうか。
行ったら確実に練習します。これは強みです。
弾けない、練習していないのを行かない理由にするのはあんまり合理的じゃあないように思うのです。